結論
事務所を飲食店に変えると、条件によっては、ビル全体の扱いが変わります。
条件は、飲食店部分の面積が「ビル延べ面積の10%超」または「300㎡以上」のいずれかです。これを超えると、消防法上の建物の分類が変わり、建物全体に設備の見直しが発生します。
このほか、建築基準法では確認申請と既存不適格の見直しが発生し、給排水と換気には飲食店特有の要件が加わります。
いずれも、契約後・着工後に気づくと取り返しがつかないものです。この記事では、4つの分野で何が変わるのかを、契約前に確認できる形で整理しました。
なぜ「ビル全体」に影響するのか
消防法では、建物を用途ごとに分類しています。事務所は「(15)項」、飲食店は「(3)項ロ」です。
事務所ビルに飲食店が入ると、そのビルは原則として「特定用途を含む複合用途防火対象物((16)項イ)」という別の分類に変わります。
ただし「小さければ、事務所ビルのまま」という例外があります
消防庁の通知(昭和50年消防予第41号)では、主たる用途以外の部分が延べ面積の10%以下、かつ合計300㎡未満であれば、主たる用途に従属するものとみなす扱いが認められています(みなし従属)。
つまり、延べ面積1,000㎡の事務所ビルに80㎡の飲食店が入る程度であれば、ビル全体は事務所((15)項)のまま扱われる可能性があります。
逆に言えば、飲食店部分が延べ面積の10%を超えるか、300㎡以上になった時点で、ビル全体が(16)項イに変わります。 契約前に確認すべき最初の数字は、この2つです。
※東京消防庁管内では、この基準に該当する場合、(16)項イではなく(16)項ロ(非特定の複合用途)として扱う運用がなされています。取扱いは所轄消防署にご確認ください。
(16)項イになると、何が起きるか
この(16)項イは、特定防火対象物に該当します。特定防火対象物になると、2つのことが起きます。
1. 建物全体に、より厳しい設備基準が適用される 飲食店部分だけでなく、他の事務所テナントや共用部も含めた建物全体で判定される設備があります。
2. 「昔の基準で建てたから」が通用しなくなる 通常、既存の建物は建築当時の基準を守っていれば、その後の法改正には追従しなくてよいことになっています(既存不適格)。しかし特定防火対象物の消防用設備等は、この保護を受けられません。用途変更の時点で、現行基準に合わせる必要があります。
つまり、「飲食店を1つ入れる」という判断が、ビル全体の設備を現行基準で見直すという工事につながる可能性があるのです。
消防設備で、何が変わるか
事務所と飲食店では、設備ごとの設置基準(延べ面積)が異なります。主なものを整理します。
| 設備 | 事務所((15)項) | 飲食店((3)項ロ) |
|---|---|---|
| 消火器 | 300㎡以上 | 150㎡以上(火気設備がある場合は面積にかかわらず必要) |
| 自動火災報知設備 | 1,000㎡以上 | 300㎡以上 |
| 屋内消火栓設備 | 1,000㎡以上 | 700㎡以上 |
| 誘導灯 | 条件により設置 | 全部 |
※屋内消火栓設備には耐火構造等による面積の緩和があります。また、地階・無窓階・上層階については別途の付加条件があります。
ここで注意していただきたいのは、設備によって「判定の単位」が違うことです。
消火器は、用途部分ごとに判定します。飲食店部分は飲食店の基準、事務所部分は事務所の基準です。
一方、自動火災報知設備と誘導灯は、(16)項イになった時点で建物全体で判定されます。延べ面積300㎡以上のビルであれば、今まで設置義務のなかった自動火災報知設備を、建物全体に設置することが原則として義務付けられます。
延べ面積1,000㎡未満の事務所ビルには、自動火災報知設備が設置されていないことがあります。そこに一定規模の飲食店が入ると、全フロアに感知器・受信機・配線を新設する工事が発生します。他のテナントが営業中の中で、です。
このほか、飲食店は火を使うため、消火器は延べ面積にかかわらず設置が必要になります(防火上有効な措置がある場合を除く)。
また、収容人員(従業員を含む)が30人以上になると、防火管理者の選任と消防計画の届出が必要です。
※開口部のない耐火構造の床・壁で区画されている場合(いわゆる令8区画)など、取扱いが変わる例外規定があります。個別の判断は所轄消防署への確認が必要です。
建築基準法でも、確認申請と遡及が発生します
消防法と並行して、建築基準法でも手続きが動きます。ここは内装業者の方でも見落としが多い部分です。
用途変更の確認申請
飲食店は建築基準法上の「特殊建築物」です。事務所から飲食店へ変更する部分の床面積が200㎡を超える場合、用途変更の確認申請が必要になります(建築基準法第87条)。
200㎡以下であれば申請は不要ですが、法令への適合義務がなくなるわけではありません。 手続きの要否と、基準を守る義務は別です。
既存不適格の遡及
用途変更をすると、建築基準法でも既存不適格の保護が一部外れます。事務所を飲食店に変更する場合に適用されることがあるのが、排煙設備や非常用の照明装置です。
さらに、事務所の一部を飲食店にする場合、**異種用途区画(建築基準法施行令第112条第18項)**として、飲食店部分と他の部分を防火区画で分ける必要が生じることがあります。
複合ビルでは、1テナントだけで申請できない
実務上、最も厄介なのがここです。
用途変更の確認申請では、建物全体が法令に適合していることが前提になります。他のテナントの間仕切り状況や排煙設備の状態に問題があると、1テナントの都合だけでは申請が通りません。
各階の現況図面の作成には、建築主・ビル管理会社・店舗事業者の協力が必要です。テナント側だけで進められる手続きではない、と理解しておいてください。
給排水で、何が変わるか
事務所の給排水は、トイレと給湯室だけを想定して設計されています。飲食店の厨房は、まったく別の負荷です。
グリース阻集器の設置
飲食店にはグリース阻集器(グリストラップ)の設置が必要です。根拠は建築基準法の関係規定(建設省告示第1597号)と、東京都では下水道条例施行規程です。
油脂を含む排水をそのまま流すと、排水管や下水道管に付着して閉塞させます。設置だけでなく、日々の清掃も店舗側の義務になります。
グリース阻集器には、床下に埋設するタイプと、床上に置くタイプがあります。厨房の規模が大きい場合は床下埋設型が一般的で、その場合は床下のスペースが必要です。既存の床の構造によっては床上げが必要になり、天井高が変わります。床上設置型は工事が軽い反面、容量と厨房内の動線に制約が出ます。契約前に床下の状況を確認してください。
排水管の径と勾配
厨房機器の排水量は、事務所の給湯室とは桁が違います。既存の排水管の径と勾配が、厨房の排水に耐えられるかの確認が必要です。
特に、上階の飲食店の排水管が、下階の事務所の天井裏を通っているケースは要注意です。漏水事故が起きると、下階テナントへの賠償問題になります。
給水・給湯の容量
食器洗浄機、シンク、手洗いを同時に使ったときの水量と、給湯器の容量を確認します。既存の給水管が細いと、ピーク時に水圧が落ちます。
ガス
ガス厨房の場合、ガス管の引き込みと容量の確認が必要です。事務所ビルにはガスが来ていないことも珍しくありません。
換気・空調で、何が変わるか
火気使用室の換気設備
コンロなど火を使う設備を設けた室には、建築基準法で定められた換気設備が必要です(建築基準法第28条第3項、同施行令第20条の3)。
必要換気量は、燃料の消費量から計算で求めます。排気フードの形状によって必要な換気量が変わるため、厨房機器の仕様が決まらないと設計できません。
給気と排気のバランス
厨房の排気量は大きいため、同じだけの給気がないと、室内が強い負圧になります。ドアが重くなる、隣のテナントの空気を引き込む、といった現象が起きます。
実務では、厨房は客席よりやや負圧にして臭気が客席に漏れないようにしつつ、建物全体の給排気バランスを保つ設計が必要です。
排気ダクトの経路と排気口
厨房の排気は、外壁または屋上まで導く必要があります。既存のダクトスペースに厨房排気を通せるか、外壁に排気口を設けられるかは、建物の構造とオーナーの承諾次第です。
排気口の位置によっては、上階テナントや隣地への臭気トラブルになります。
空調負荷
厨房の発熱と客席の人員密度は、事務所の空調負荷を大きく超えます。既存の空調機の能力で足りるか、系統を分ける必要があるかの確認が必要です。
契約前に確認すべきこと
立場ごとに整理します。
ビルオーナー・管理会社
- 飲食店部分の面積が、ビル延べ面積の10%超または300㎡以上になるか(=建物の分類が変わるか)
- 飲食店を入れることで、建物全体に発生する設備工事(自動火災報知設備、排煙、区画)を把握しているか
- その費用を誰が負担するか、契約書に明記しているか
- 他のテナントへの影響(工事中の騒音、営業中の作業、防火管理の変更)を説明できるか
店舗事業者(テナント)
- 物件が「飲食店を入れられる建物」であるか、契約前に専門業者の確認を受けたか
- グリース阻集器、厨房排気、ガスの3点が、物理的に設置可能か
- 用途変更の確認申請が必要な面積か
内装工事会社
- 消防法と建築基準法、両方の手続きの要否を確認したか
- 給排水・換気の設備業者を、図面段階で入れているか
- 天井・床を閉じる前に、設備の確認が入る工程になっているか
費用負担の考え方
飲食店への用途変更で発生する工事は、テナント区画内の工事と、ビル全体に及ぶ工事の2種類に分かれます。
区画内の工事(厨房の給排水、換気、区画内の消防設備)はテナント負担が一般的です。一方、建物全体の自動火災報知設備や排煙設備の更新は、誰の負担かで確実にもめます。
「A工事・B工事・C工事」という区分の考え方と、消防設備がどこに入るかについては、別の記事で詳しく解説します。
物件が決まる前に、ご相談ください
株式会社Trustechは、消防施設工事業および管工事業の建設業許可を保有する管工事会社です。
消防設備、給排水・衛生設備、空気調和・換気設備を一社で扱っているため、「この物件に飲食店を入れられるか」という相談に、4分野をまとめてお答えできます。
物件の図面をお送りいただければ、必要になる工事の全体像と概算の考え方をご説明します。契約前のご相談を歓迎しています。
株式会社Trustech TEL:0422-26-1745(平日 9:00〜17:00) 〒180-0023 東京都武蔵野市境南町5-9-6
対応工事の詳細は事業内容、当社の体制については選ばれる理由をご覧ください。
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※本記事は、消防法・同施行令・同施行規則、建築基準法・同施行令、東京都火災予防条例および東京都下水道条例に基づく一般的な解説です。設備の要否、手続きの要否、運用は、建物の構造・用途・規模・既存設備の状況および所轄の消防署・特定行政庁によって異なり、例外規定や自治体ごとの運用基準が適用される場合があります。個別の案件については、必ず所轄消防署・建築主事または当社までご相談ください。
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